徳之島天城町
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人口と世帯数

 平成29年11月1日現在
 世帯数 3,128世帯
 男性 3,146人
 女性 2,974人
 合計 6,120人
過去履歴


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歴史と伝統・文化を知る

 歴史

≪沿革と天城町名の由来≫
明治20年兼久曖・岡前曖を合併して、阿布木名村外9か村となり、同41年に島しょう町村制度が実施され、山村など5か村と合併して天城村となった。大正6年東天城村が分離して、天城村は現在の境域が形成される。昭和36年1月1日町制が施行され天城町となる。
 
同町と徳之島町の境にある天城岳が町名の由来と言われている。当地には「大昔、アメキウデー(雨気岳 = 天城岳の旧名)にアメンキュという夫婦の神が天から降りてきた」という神話があり、雨気(あめぎ)が天城に転じたといわれる。明治41年の島嶼町村制で阿布木名方と山方が合併した際、新村名として採択された。昭和36年に町制施行し天城町となる。
 

伝統・文化

≪町指定文化財 ~町指定無形民俗文化財≫ 
■田植え唄(前野集落)
田植え唄は、集団の掛け合い唄として歌い継がれてきた。唄の形式は、上の句を男が唄い、下の句を女が掛け合いで 唄うが、上の句の終わりを繰り返し唄うところに下の句が重なりハーモニーを醸し出し自然発生的にできた仕事唄としては他に類のない稀少価値のある徳之島独特の唄である。
 
■麦つき唄(浅間集落)
浅間集落は今から200年程前、島津の代官が沖永良部に行く時、悪天候の為、浅間の湾屋に避難のため滞在していた折に退屈していた代官を励ますために老若男女がこの麦つき唄を唄い踊り夜更けまで共に楽しんだ唄である。昭和51年11月町無形民俗文化財として指定された。
  
■七月踊り(瀬滝集落)
瀬滝集落に伝わるこの七月踊りは、明治以前から男女の情愛を楽しく語る唄遊びとして、各種祝の席で唄い踊られてきました。南島の掛け合い唄として、関係者からその保存の重要性が叫ばれる中、瀬滝保存会や子ども会ではその原形のままで伝承し保存するため鋭意取り組んでいます。

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